飛び込むBlue

終わりはまだまだ遥か先の方だ

SixTONES「この星のHIKARI​​​」に過去からずっと照らしてもらっていたんだな

遅ぇわ、って言われるかもしれないんですけど、僕、最近ようやくコロナに対して「あっ、ちょっとつらい」って思ったんですよね。

すっごく辛い思いをしている人がたくさんいるのを分かっているから言いにくかったんですけど、僕はトータルで言うとコロナで生活が好転したタイプの人間でした。

もちろん、楽しみにしていたコンサートや舞台がなくなったのはつらいことだったけれど、デジタルでの発信をちゃんと続けてくれるグループ(SixTONES)を推しにしていたおかげで、供給が少なくて耐えられない、みたいなことはこれまでほぼありませんでした。

テレワークのおかげで僕は朝晩の通勤電車から開放され、しんどくなってた社会人サークルからもいいタイミングで離脱しました。ネットのゆるいつながりと恋人・家族との関係は、ものすごく摩擦が少なくて。コロナ以降、特に僕のストレスはみるみる減っていったんですよね。

浮いた交際費で過ごしやすい部屋を整え、快眠を求めてベッドや枕を買い替えました。金銭的な事情で郊外に構えていた自宅も、テレワークとなってみれば快適そのもの。飲み会や食事会からは遠ざかり、むしろ孤独を好んで受け入れるようになりました。

観葉植物を育て、自炊をして体調を整え、瞑想やアロマオイルで「ていねいな生活」をつくりあげていって。

そして自分がずっとやりたかった創作活動に時間を割こうと考えるようになりまして。

最初は調子も良かったんですけど。でもいま正直スランプで。

何が原因かって言うと、たぶん摩擦が少なすぎたんじゃないかって思っています。

快適な状態の自分との対話って、どんどん新鮮味がなくなっていくんです。

自分という器の中に入ってるものの少なさに愕然としてしまいました。ゼロからものを作るなんて、俺にはどだい無理なことなんやろうか、ってここ最近ずっともんもんと悩んでいます。

 

僕ってずっと二次創作みたいなことしかしてこなかったんですよね。ブログを褒めてくださる方が結構いるんですが、いっつも心に戒めていることがあります。SixTONESが放った光を受け止めて、僕はそこから少し照り返しを放っているに過ぎないって。

ファンブログっていうのも一種の二次創作。SixTONESが放ってくれたコンテンツの感動の一部を利用して、自分なりに言語化してみたりはする。その言語化が他の方にお褒めいただくこともある。けれど、それはあくまで偉大なる公式さまが存在してくれているからなんですよ。

で、自分でも何かを生み出そうと努力してみたとき、もうね、ほんっっと、誰からの照り返しでもない、自らの力で光り輝く人たちを本当に尊敬するしかなくなってくる。

 

もちろん、たとえばアイドルというのは、周りで支える色んな人達がいるから、それで成り立っている部分がある。それはそのとおりだと思います。楽曲を作る人、衣装を作る人、ありとあらゆる側面で、周囲のお膳立てあってこそのアイドルだっていうことはもちろんそのとおりだと思う。

SixTONESが宝石だとしたら、それを研磨したり、カットしたり、美しい台座に添えたりする力添えがあって、はじめて成り立つ存在だってことはわかる。

でも、それでも、原石が美しくて、やっぱり存在そのものが光り輝く存在だからなんですよ。

彼らは、表情、視線、顔立ち、声、ありとあらゆる「その人でしか出せない輝き」を持っている。彼らは物じゃないから、創作物と言うのとはもちろんちょっと違うと思うけど、でも公式ってのはいわば一次創作だと僕は思うんですよ。

一次創作ってのは、やっぱりすごい。自分で光れる太陽はすごい。照り返しで輝く月では永遠に追いつけない。僕はゼロからなにかを生み出そうとするのってめちゃくちゃしんどいって思いながら、最近物を書いているんですが、本当に心底痛感するんです。

自分との対話だけで生まれてくるものって、ほんと新鮮味がないな……って感じて、僕にとっては少しつらい時間が続いてました。

 

でも、そんななか、スペシャル月間のラスト、「この星のHIKARI​​​」を聴いてあらためて僕はグッと来てしまいました。


www.youtube.com

 

これって、自分自身では輝けない、照らされているだけの人も肯定してくれる曲ですよね。

しかも、過去から未来に渡ってまでずっと。

「最近ファンになってくれた人も、長年応援してくれている人も、みんなteam SixTONESだ」って田中樹は言うじゃないですか。

もっとすごいのは、彼らはこの曲で「まだファンになっていない人すらも」照らそうとしているんですよね。「瞳の奥にまだ僕はいない」――そう、この星のHIKARI​​​が最初に歌われたころには、まだファンじゃなかった人にも、彼らはずっとこう歌ってくれていたんだなと思うわけです。

自分の悩みなんて自分で解決しろ、自分の夢なんか自分ひとりで追え、自分の苦しみなんて自分ひとりでどうにかしろ、心が強い人達にはそんなふうに言われてしまうかもしれないけど、でもごめんなさい、僕はそんなに強くないです。

「俺たちを利用していいよ」って言ってくれる人がいて、みんなも(team)SixTONESだよって言ってくれて。この大きな波の中に自分も心を託していいんだな、照らしてもらって、そうやってようやく仄かに光るしかない自分のことを、過去から未来まで肯定してもらえたような気がして、なんだか心が救われました。

 

こうやって書いたブログ記事もまた、彼らの強いHIKARIの照り返しでしかない。けど、でもそうやって照らしてもらったことを糧にして、今もう少し頑張ってみようかなと思いました。

僕なりにどうにか、少しづつ、もらった光を集めて。